メモリアル・朝比奈 隆

朝比奈隆の演奏会でもっとも感動的だったのは、
1994年7月にザ・シンフォニーホールで行われた、「朝比奈隆バースディコンサート」
曲目は、アントン・ブルックナーの交響曲第8番
管弦楽は手兵、大阪フィルハーモニー交響楽団だった。

宇宙の鳴動・思索の風景・天上の音楽と評される音の波に身をあずけたまま、
演奏時間が1時間半に及ぶ大曲があっという間に終わり、
気付くと朝比奈隆がタクトをあげたまま余韻を残し、そして手を下ろすところであった。
一瞬の静寂をおいて万雷の拍手。
何度もカーテンコールに応える朝比奈隆。
オーケストラが去っても拍手は鳴り止まず、聴衆は総立ち。
長大なブルックナーの音楽を、もう一度始めから聴きたいと誰もが思っていた。
改めて、誰も居ないステージに一人歩み出て答礼する朝比奈隆。
四方を見渡してゆっくりと礼をしてふたたびステージを去った。
ところが聴衆の拍手は鳴り止まない。
異様な雰囲気のザ・シンフォニーホール。
拍手を制止して回るホール係員たち。
立ち去り難い思いで拍手を続けながらホールをあとにする聴衆たち。
頭の中には先ほどの天上の音楽が満ちている。
かつてどこの国の有名指揮者によっても味わえなかった感動。
朝比奈隆は、時に他では味わえない感動を授ける指揮者。


この瞬間のために今日ここで指揮をしているのかもしれない。
朝比奈隆指揮のブルックナー交響曲第5番
最終楽章の終結部
音の伽藍と表現される壮大な音の波。
音だけで壮麗で荘厳な建造物を表現できることを知らしめる朝比奈隆。
音だけで目の前に教会がそびえたっているかのごとくみえる。
思わず祈りたくなる音の波。
永久に続いて欲しいと思えるありがたささえ感じる。
音の伽藍が終結し、静寂の中に余韻が漂う。
息をしていないのではないかと思える聴衆。
そしてはじけるような拍手と朝比奈隆の笑顔。
やはり朝比奈隆は一つの大建造物をこの瞬間に創造したのだ。


ぐんぐんクレッシェンドするブリッジパッセージ。
朝比奈隆の腕が回る。
一斉にオーケストラが炸裂して最終楽章へ突入。
今日の炸裂は強烈な魂を持っていた。
背筋に武者震いが走る。
強烈かつ重厚な勝利の音楽。
ベートーヴェンの交響曲第5番。
どんどん舞い上がり終結へむかう。
朝比奈隆は最期の和音を胸に受け止めるように腕を組む。
拍手、拍手、拍手。
元気になる音楽。