胃炎と消化性潰瘍
胃炎
 ▲急性びらん性胃炎  ・症状,徴候,診断  ・予防と治療  ▲慢性びらん性胃炎  ▲非びらん性胃炎  ・疫学  ・病理  ・診断  ・治療  ▲胃切除後胃炎
消化性潰瘍(胃・十二指腸)
 ▲病因と病原  ▲症状と徴候  ▲診断  ▲合併症  ▲治療
第03節 消化器疾患
胃炎と消化性潰瘍
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 正常の消化管粘膜には,いくつかの別々の機能がある:(1)粘膜によって作り出される粘液とHCO3は,胃の内腔(低pH)から粘膜(中性pH)のpH濃度の違いを作り出す。粘液は酸やペプシンの拡散を防ぐ役割をする。(2)上皮細胞 は,膜による運搬作用によって過剰な水素イオン(H)を取り除き,接合体を作り,それによってHイオンの逆拡散を防ぐ。(3)粘膜血液流は,上皮層に拡散した過剰な酸を取り除く。いくつかの成長因子(例,上皮成長因子,インシュリン様成長因子I)とプロスタグランジンが粘膜構造の修復や保持に関連している。


胃炎

胃粘膜の炎症。
 胃炎は,粘膜傷害の度合いに応じて,びらん性と非びらん性に分けられる。また,胃の中のどの部位で生じているかによって分類することもできる(例,噴門,胃体部,前庭部)。胃炎はさらに,炎症性細胞の種類によって,病歴的に急性と慢性に分けられる。どの分類方法も,組織学的所見には完全には適合しない;大きな重なりが生じてしまう。
 急性胃炎は,胃前庭部と胃体部の粘膜の多形核細胞の炎症によって特徴づけられる。慢性胃炎は,ある程度の萎縮(粘膜機能の喪失を伴う)や化生を意味する。胃前庭部で主に起こり,続いて胃の細胞が失われてガストリン分泌が減り,または胃体部で起こり,酸分泌腺が失われ,酸,ペプシン,内因性要素が減少する。


急性びらん性胃炎
 原因としては,薬(特にNSAID),アルコール,症状の重い患者への急性侵襲がある。より一般的でない原因としては,放射線,ウイルス感染(例,サイトメガロウイルス),心臓の外傷,直接的な外傷(例,鼻腔栄養チューブ)。
 内視鏡的には,最も外側のびらんが胃の深い層まで貫通していない点状の粘膜病変がみられる。頻繁に,ある程度の出血(通常粘膜下層の点状出血)がある。
 急性ストレス胃炎 は,胃と十二指腸の粘膜病変からの臨床的に重要な上部消化管出血の頻度が増える重症の患者にみられる,びらん性胃炎である。危険因子としては,重症な熱傷,中枢神経の外傷,敗血症,ショック,人工呼吸器を付けた呼吸不全,肝臓や腎臓の障害,多臓器の機能不全。その他の急性ストレス胃炎予知因子としては,ICU(集中治療部)の滞在日数,患者が経腸的な食事摂取をしていない期間がある。一般的に,患者が臨床的に重症であればあるほど,臨床的に重要な出血の危険性は大きい。
 急性ストレス胃炎の病因には,重症患者では粘膜の防御力の減少が関連することが多い。おそらく酸分泌の増加に伴う消化管粘膜の低灌流(例,熱傷,中枢神経の外傷,敗血症)が,粘膜の炎症や潰瘍をもたらす。


症状,徴候,診断
 一般的に,患者は状態が悪すぎて目立った胃症状を訴えることができない。その症状とは(存在する場合には)通常,軽度で非特異的である。最初の顕著な徴候は経鼻胃管吸引液中の血液で,通常,最初の主なストレスから2〜5日以内に起こる。
 急性胃炎の診断は,内視鏡によりなされる;ある患者では(例,熱傷,ショック,敗血症のある患者),急性のびらんは損傷から早くて12時間後に起こる。これらのほとんどは,しばしば胃体部に点状出血または斑状出血として始まり,2〜20mmまでの不規則な小さな潰瘍へと進行し,この段階ではめったに出血せず組織学的には粘膜に限局する。ストレスの是正や除去により急速に治癒する。病変は進行して粘膜下を侵し,漿膜ですら貫通し,もしくは,もっと一般的には胃体部の多数の場所から出血する。幽門洞もまた含まれる。頭部の損傷や熱傷では他の状態と異なり,酸の分泌は減少するよりもむしろ増加し,そして病変(クッシング潰瘍)は,十二指腸も含むか,もしくは十二指腸に限られる。


予防と治療
 一度,激しい出血が起こると(ICUの患者の約2%),死亡率は60%以上と報告されている。血液を多量に輸血するとさらに止血が困難となる。多くの非外科的そして外科的治療(例,抗酸分泌潰瘍剤;血管収縮剤;動脈の閉塞栓術のような血管造影的技術;内視鏡的凝固)が行われてきたが,予後はほとんど改善していない。胃全体の切除以外では出血が続くのが通常で,外科治療による死亡率は,内科的治療の死亡率に等しい。
 これらの理由から,急性びらんを起こす危険性の高い患者を見つけることと,出血を予防することが必須である。早期からの経腸栄養はそうした患者の出血率を下げる方法であるといわれている。多くの専門家が,出血はH2ブロッカー,制酸薬,または両方(後述の「消化性潰瘍」の「治療」を参照)の静脈投与で防げると信じているものの,これらの治療に疑問をもつ専門家もいる。ICUでは標準的に,H2ブロッカーを静脈投与するか,危険性の高い患者に対して制酸薬を経口投与して胃内のpHを4.0以上に上げる処置が行われる。しかしながら,危篤状態の患者の胃のpHを中性にすることで,上部消化管や中咽頭における細菌の過剰成長をもたらし,特に人工呼吸器をつけている患者では,高い率で院内感染性肺炎を生じる。この点についての研究データは賛否両論で,さらなる研究が必要である。


慢性びらん性胃炎
 多発性点状またはアフタ性胃潰瘍が内視鏡で確認されることによって,定義づけられる。慢性びらん性胃炎は,特発性,または薬(特にアスピリンやその他のNSAID,後述の「消化性潰瘍」の「治療」を参照),クローン病(31章参照),またはウイルス感染による場合がある。H. ピロリ はこの症状についての主な病因ではないようである。
 症状 は特定ではなく,多くの場合患者は症状がないが,吐き気,嘔吐,上腹部の不快感をもつこともある。内視鏡によって,点状のびらんがほとんどの胃の粘膜のひだが厚くなったうねに見つけることができ,多くは中心に白いプラークまたは臍形陥凹がある。歴史的には,炎症の程度には,ばらつきがある。一般的に効果があったり治癒的な治療法はない。
 治療は主に,制酸薬,H2ブロッカー,プロトンポンプ阻害薬(後述の「消化性潰瘍」の「治療」を参照)の投与と同時に,増悪させる可能性のある薬や食べ物を避けるという対症療法である。軽快や増悪は一般的である。


非びらん性胃炎
病因
 H. ピロリが,非びらん性胃炎の主な病因として考えられてきている。このらせん状でグラム陰性の生物が,ほとんど全ての非びらん性胃炎とその合併症の原因となっている。感染は常に胃粘膜の炎症を引き起こし,胃の分泌生理を変え,酸による損傷をより受けやすくしてしまう。H. ピロリの最高濃度は幽門洞で見つけられており,その部分に限られていた感染が前幽門と十二指腸の潰瘍の危険性を実質的に増加するのである。ある患者では,感染は胃全体に及び,その後の胃潰瘍や胃腺癌の発症に関連しているようである。


疫学
 H. ピロリは,世界で非常に一般的な慢性の感染症のようである。発展途上国では,感染は小児に最も頻繁に起こる;最適以下の衛生状態,悪い衛生状態,社会経済学的に遅れている状態,過密な生活状態は,高い発症率と早期の感染に関連している。米国では,小児の感染事例はまれで,年齢とともに増加する。感染は白人よりも黒人やヒスパニック系により多い。
 正確な感染経路は不明だが,便,唾液や歯石で菌は繁殖しており,このことは,口から口へ,または便から口への感染を示唆している。感染は家族内や介護施設の入居者にまとめて発生する傾向にある。看護婦や消化器専門医の危険性は高く,また菌が適切に殺菌されていない内視鏡を通じて感染することもある。


病理
 表層性胃炎:この症状における主な浸潤性の炎症細胞は,好中球の混ざったリンパ球とプラズマ細胞である;炎症は表在的で胃前庭部か胃体部,またはその両方を含む。通常,萎縮または化生は伴わない。発症率は年齢とともに増加する。H. ピロリに関連する表在性胃炎の高い発症率と,比較的低い臨床的後遺症(例,消化性潰瘍)の率からすると,症状のない患者についてH. ピロリを除菌する明らかな必要性は示唆されない。ほとんどの患者は,その菌に感染しながら最低限の細胞学的変化しかなく,認められる臨床的な症状はまったくない。
 深層性胃炎:深在性胃炎は比較的症状を呈しやすい(漠然とした消化不良)。単核性細胞と好中球は筋層までの全粘膜に浸潤するが,滲出や陰窩膿瘍はめったに伴わない。斑状に存在し,表在性胃炎が共存する場合もある。部分的な腺萎縮と化生が存在する。症状のある患者については,抗菌薬によるH. ピロリの除菌を試みるべきである(後述の「消化性潰瘍」の「治療」参照)。
 萎縮:胃腺の萎縮は様々な種類の傷害に続いて起こり,特に胃炎,最も一般的には長期の前庭部胃炎(タイプB)に続いて起こることが多い。ある萎縮性胃炎の患者は,壁細胞への自己抗体をもち,こうした患者は通常は胃体部胃炎(タイプA)と悪性貧血に関連している(後述参照)。
 萎縮は特異的な症状なしに起こる。内視鏡所見では,粘膜は,萎縮が進み粘膜下の血管網がみえるようになるまで,正常にみえる。萎縮が完全になるにつれて,酸とペプシンの分泌が減少して内因子が失われ,ビタミンB12 の吸収不良が起こる。
 化生:慢性非びらん性胃炎では,2種類の化生が一般的である。粘液腺化生(偽前庭部化生)は重篤な胃腺の萎縮に伴って起こり,それは少しずつ,小弯線の周辺は特に,粘液腺(前庭部粘膜)に取って代わる。消化性潰瘍の最も多くは前庭部と胃体部の粘膜の接合部で起こるが,それらが前庭部様粘膜化が原因かまたは結果として起こるのかどうかは不明である。腸上皮化生は慢性的な粘膜の損傷に対する反応として起こる。胃粘膜は小さな腸粘膜と似ていて,杯細胞,内分泌(腸クロム親和性または腸クロム親和性様)細胞,痕跡絨毛があり,機能的性状(吸収性)までも似ているかもしれない。腸上皮化生は前庭部から始まり,胃体部に広がることがある。組織学的には,完全なもの(最も一般的)と不完全なものに分類される。完全な化生は,胃粘膜が完全に小さな腸粘膜に変わっており,組織学的にも機能的にも,栄養や分泌されたペプチドを吸収できる。不完全化生では, 上皮細胞が組織学的に大腸のそれと似ており,頻繁に形成異常を呈する。腸上皮化生は胃癌と関連がある。


診断
 症状からは非びらん性胃炎が疑われるが,必ず内視鏡と生検によって診断する。多くのH. ピロリに関係した胃炎は症状を呈さない。H. ピロリの検査や除菌が常に適応があるとは限らない。診断の結果で治療が変わる可能性がある患者については, 侵襲的検査と非侵襲的検査によってH. ピロリの診断を行う。
 非侵襲的検査 はより低価格で内視鏡は必要ない。検査室や診療所ベースの血清学的検査では,H. ピロリに対するIgA抗体とIgG抗体が最も頻繁に用いられる。H. ピロリの初期感染に対する感度と特異度は85%以上である。しかしながら,ほとんどの消化不良患者は内視鏡で消化性潰瘍はなく(10〜15%),またNUDにおけるH. ピロリの位置づけが不明確なので,全ての消化不良患者についてH. ピロリを非侵襲的に検査することは多くの患者について不必要である。全ての消化不良患者を(非侵襲的に)診断し治療をすることが費用対効果に見合っているかどうかはまだ結論が出ていない。治療をしていない患者について,抗体価は時間とともに上昇し続け,免疫反応の持続を示唆する。除菌に成功した後,3年間までは血清学的な測定結果は質的には陽性となり,抗体の量的には少しずつ下がっていく。この除菌後の免疫反応の持続的な上昇から,血清学的検査は除菌を証明する拠り所にはならない。その正確性とコストが低いことから,血清学的検査はH. ピロリ感染に関する最初の非侵襲的な診断検査として選択されるべきである。
 尿素呼気検査は13C-または14Cでラベルをした尿素を経口投与する。感染患者では,菌が尿素を代謝しラベルされたCO2が放出され,呼気中に吐き出されて,20〜30分後に採取された呼気のサンプル中から定量的に測定される。検査の感度と特異度は90%以上である。尿素呼気検査は,除菌治療後の排菌を確認することに適している。抗菌薬を最近まで使っていた患者や,プロトンポンプ阻害薬を併用している患者については,偽陰性の可能性もある;そこで,フォローアップ検査を抗菌薬療法後4週間以上たった後に行うべきである。
 侵襲的検査 は胃鏡検査と粘膜生検を必要とし,内視鏡検査の必要性がある患者にしか行うべきではない。細菌培養は非常に特異的ではあるが,難しい菌の性質が培養をやっかいにするため,臨床現場ではあまり使われない。粘膜生検の組織学的染色は90%以上の感度と特異度がある。前庭部に菌がいる確率が高いため,生検は胃,できれば前庭部から1〜2cm以内から採取するべきである。
 ラピッドウレアーゼ検査(RUT)は胃生検材料を尿素とpH感度の変色検査指示薬を含んだゲルや膜に入れて行う。H. ピロリが存在する場合には,細菌のウレアーゼが尿素を加水分解してゲルや膜の色を変える。RUTの感度と特異度は90%以上である。この検査は正確で簡単で,また比較的安価のため,RUTは非侵襲的診断方法の選択肢として考えるべきである。抗菌薬を最近まで使っていたか,あるいはプロトンポンプ阻害薬治療中の患者では,細菌が抑制されてしまい,偽陰性がでることもある;その際には,診断は組織学的に確認されるべきである。


治療
 慢性非びらん性胃炎の治療はH. ピロリの除菌を目的に行われる(後述の「消化性潰瘍の治療」を参照)。H. ピロリ非感染患者には,酸抑制薬(例,H2ブロッカー,プロトンポンプ阻害薬)または制酸薬を使って症状を和らげるための治療を行う。


胃切除後胃炎
 ガストリノーマ以外では,萎縮は胃の一部または大部分の切除の後に起こり,残った体部粘膜の化生は一般的である。胃炎の程度は通常開口部で最も重症である。
 いくつかの原因が考えられる:迷走神経切断により迷走神経支配運動の喪失が起こり,胆汁が胃粘膜を侵し傷害を与え,前庭部ガストリンすなわち胃親和性のホルモンの消失は壁細胞と主細胞の喪失へとつながる。
 内視鏡や組織学的所見は必ずしも一致せず,症状は通常胃炎の程度に合致しない。胃切除後胃炎は通常高度な萎縮に進行し,無酸症となる。内因子が失われた患者の中には,ビタミンB12欠乏になる者もいる(輸入脚でバクテリアが繁殖することで,ビタミンB12欠乏につながる)。胃腺癌の相対危険率は,胃の一部切除を行った15〜20年後に増加するようである;しかしながら,胃切除後の癌発症率は低いことから,定期的な内視鏡による検診はおそらく費用対効果に見合わないであろう。医師はこれらの患者について,積極的に上部消化管症状や所見(例,貧血)を探すことをためらってはならない。


悪性貧血
 (127章の「ビタミンB12欠乏による貧血」参照)
 悪性貧血は,B12吸収不良による巨赤芽球性貧血である。胃腺の萎縮は著明で,壁細胞の喪失とB12の吸収に必要な内因子の分泌能力を失う。80%以上の患者で前庭部は萎縮している(タイプA胃炎)。
 いくつかの研究はこの病気の免疫学的または遺伝的素因を指摘している。悪性貧血では,患者の90%が壁細胞に対する抗体をもち,また壁細胞の一部である,内在性要素とプロトンポンプ(H,K-ATPase)に対する抗体をもつ。他の形の萎縮性胃炎をもつ患者では,これらの抗体をもつのは20%以下である。患者の半数は甲状腺抗体ももっている;逆に壁細胞抗体は甲状腺炎の患者の30%にみられる。悪性貧血患者の親類では,10〜20%は重症貧血様胃炎や萎縮を示し,65%に壁細胞抗体,そして20%に内因子抗体を示す。低ガンマグロブリン血症は悪性貧血に関連しているかもしれない。最近のエビデンスも,悪性貧血はある患者では慢性のH. ピロリ感染によることを示唆している。胃切除,H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬による慢性的な酸の抑制,また粘液水腫は似たような内因子の分泌の欠乏をもたらす;これは先天性であることはまれである。
 悪性貧血から胃腺癌を引き起こす相対リスクは,同じ年齢でみると,通常の3倍であるが,内視鏡を使った検診の是非は結論が出ていない。さらなるデータが発表されるまでは,最初の内視鏡検査はおそらく適切である;組織学的な異常(例,異形成)が見つかったり,症状が悪化しない限りはフォローアップ検診は不必要である。酸がないため,ガストリン分泌は阻害されず,血清ガストリンレベルは高い(通常1000pg/mL以上)。B12補充以外は何の治療も必要ない。


まれな胃炎症候群
 メネトリエ病:特発性のまれな障害は,胃体部と潜在的には前庭部に非常に厚い胃粘膜のひだを呈する;腺の萎縮と胃小窩増殖,多くは粘膜腺化生を伴い,炎症はほとんどなく,粘膜の厚みが増す;消化器管からの蛋白の漏失による低アルブミン血症(最も堅実な臨床検査の異常)。病気が進むにつれて,酸やペプシン分泌が減り,低酸症となる。臨床的には,通常30〜60歳の成人を侵し,男性により多い。症状は非特異的だが,一般的には上腹部の痛み,吐き気,体重減少,浮腫,下痢を呈する。
 鑑別診断は,多発性胃潰瘍がしばしば起こるリンパ腫,モノクローナルBリンパ球の広範な浸潤を伴う粘膜関連リンパ組織(MALT)リンパ腫(後述参照),胃粘膜肥大を伴うゾリンジャー・エリソン症候群,クロンカイト・カナダ症候群,下痢を伴う粘膜ポリープ状蛋白扇出性症候群。
 バリウムX線による際立って厚く蛇行したひだによって診断が示唆される場合もあるが,胃小窩増殖の存在と胃底腺の粘膜腺による置換を確認するために,深部粘膜生検を伴う内視鏡検査が通常,必要である。
 抗コリン薬や酸分泌抑制薬,コルチコステロイドなどを含む様々な治療が行われているが,どれもあまり効果は証明されていない。重度の低アルブミン血症では,一部または全部の胃切除が必要である。
 好酸球性胃炎:粘膜,粘膜下組織,浸潤,筋肉層に広範な好酸球の浸潤を伴う病気で,多くは前庭部で起こる。通常は特発性だが,線虫の寄生によって起こることもある。症状は,吐き気,嘔吐,早期満腹がある。病変部位の組織学的生検標本には通常,胃の深部層を伴う好酸球性のシートがみられる。特発性の患者にはコルチコステロイドによる治療が効果のある場合がある;しかしながら,もし前庭部の閉塞が起こった場合には,手術が必要である。
 MALTリンパ腫(偽リンパ腫):胃粘膜における多量のリンパ球様浸潤を伴う病気で,メネトリエ病に類似している。(後述「消化性潰瘍」の「合併症」の胃癌の考察を参照)。
 全身性疾患による胃炎:サルコイド,結核,アミロイド,その他の肉芽腫性病変は胃炎の原因となるが,臨床上重要な問題になることは少ない。
 物理的要因による胃炎:腐食剤の摂取(特に酸化合物)や放射線は胃炎の原因となる;放射線起因の合併症としては,幽門狭窄や穿孔の可能性がある。
 感染性(肺血症)胃炎:虚血,腐食剤,放射線照射に続いて,バクテリアが胃粘膜を侵し,急性蜂巣織炎性胃炎の原因となる。病気は急性外科的腹症として現れ,非常に高い死亡率をもたらす。手術は多くの場合必要である。
 衰弱した,あるいは免疫不全の状態の宿主が,カンジダ症,ヒストプラスマ症,サイトメガロウイルス,ムコール菌症を伴うウイルスまたは真菌性胃炎を進展させる;これらの診断は,滲出性胃炎,食道炎,十二指腸炎があると認められた患者に考慮されるべきである。


消化性潰瘍

消化管粘膜の剥脱した分節で,典型的には胃内(胃潰瘍)または最初の数センチの十二指腸(十二指腸潰瘍)で,それらは粘膜筋板を貫通する。
 潰瘍は数mmから数cmまで様々である。潰瘍は,貫通の深さでびらんと区別している;びらんはより表面的で粘膜筋板には達していない。
 酸性消化性疾患の病因としてH. ピロリの中心的な役割が理解されてきたため,消化性潰瘍の診断と治療は目覚しく変わった。


病因と病原
 伝統的な消化性潰瘍の病因としては,酸の分泌過多に焦点を当ててきたが,この所見は普遍的な事実ではなく,現在は分泌過多は多くの潰瘍ができる主なメカニズムではないということがわかってきた。つまりH. ピロリとNSAIDが,正常な粘膜防御と修復機能を崩壊して,粘膜が酸の攻撃を受けやすくしてしまう。
 H. ピロリが粘膜傷害を引き起こすメカニズムは完全には明らかになっていない。しかし,いくつかの理論が提言されている。菌によって作り出されたウレアーゼが触媒として働き,尿素をアンモニアに変える。アンモニアは,菌が胃の酸環境で生きられるようにする一方,粘膜バリアを侵食し,上皮の損傷を引き起こすのである。H. ピロリによって作られたサイトトキシンは,その宿主である上皮の損傷にも関与している。粘膜溶解酵素(例,細菌プロテアーゼ,リパーゼ)が粘液層を変性させることによって,上皮を酸による損傷に対してより敏感にしてしまう。最後に,炎症に対する反応として作り出されたサイトカインが,粘膜の損傷,それに続く潰瘍化に関わっているかもしれない。
 NSAIDは粘膜の炎症と局在的そして全身的な影響によって潰瘍の形成を引き起こす傾向がある。NSAIDは弱い酸で,胃のpH濃度では非イオン性なので,粘膜層から胃上皮細胞まで自由に浸透し,Hイオンが遊離した所で,細胞の損傷が起こる。全身的な影響としては,シクロオキシゲナーゼの活動を阻害し,それによってプロスタグランジンの生成を阻害することで起こるようである。プロスタグランジンの生成を阻害することで,NSAIDは胃の微小環境を変え(例,胃血流の減少,粘液とHCO3分泌の減少,細胞の修復と複製の減少),粘膜の防御機能を破壊してしまう。


症状と徴候
 症状は潰瘍の部位と患者の年齢による;多くの患者は,特に高齢者の場合,ごくわずかな症状しかなかったり,または全く症状がない。痛みが最も一般的な症状である;痛みは多くの場合上腹部にあり,食物や制酸薬によって和らぐ。痛みは燃えるような,かじられような,または飢えと説明される。通常,慢性で再発することが多い。患者の約半数のみが症状の特徴的なパターンを現す。
 胃潰瘍の症状は,一定したパターンに添わない場合が多い(例,摂食は時に痛みを和らげるのではなく激しくする)。このことは,とりわけ,幽門管潰瘍で当てはまり,浮腫や瘢痕による閉塞に関連した症状を示す(例,鼓腸,悪心,嘔吐)。
 十二指腸潰瘍を伴う患者では,痛みのパターンは一貫していることが多い。痛みは患者が目覚めたときにはないが,午前中にはみられる; 食事によって痛みは和らぐが,食事の2,3時間後には再発する。痛みが夜に患者を起こすというのは,よくみられ,十二指腸潰瘍の可能性を高く示唆する。


診断
 消化性胃炎の診断は主に病歴によって示唆され,以下に述べる検査によって確認される。とりわけ高齢の患者で,体重減少があり,または特に重症だったり難治性の場合には,胃癌は類似の徴候を示すので,除外診断されなければならない。内視鏡所見,細胞診,複数の生検は良性と悪性の消化性潰瘍を区別する信頼できる方法である。悪性の十二指腸潰瘍の発病率は極めて低く,生検は通常適切ではない。患者が重い潰瘍素質をもつ場合,特に潰瘍が多発性で非定型的な場所(例,球後部)にみられる場合には,ガストリン分泌性悪性腫瘍とゾリンジャー・エリソン症候群(34章「膵臓の腫瘍」参照)を考えるべきである。
 ファイバースコープは消化性潰瘍の診断と治療に有力である。代替する診断検査としては,二重造影バリウムX線検査がある。X線検査や内視鏡は潰瘍を見つけるのには近い感度を示すものの,内視鏡が診断法としての選択肢になりつつある。内視鏡は食道炎と食道潰瘍,同時に胃の後壁,手術の吻合部の潰瘍を発見するのにより信頼性がある。しかしながら,およそ10%の十二指腸球部や球後部潰瘍は内視鏡では見落とすことがあるので,臨床的に疑わしい場合はバリウム造影によるフォローアップを行うこともある。内視鏡はまた,胃や食道の病変を生検や細胞ブラッシング法で検査し,単純潰瘍形成と潰瘍型の癌を区別するのに使われる。内視鏡はまた,H. ピロリ感染の確定診断にも使える。


合併症
 出血:出血は,最もよくある消化性潰瘍の合併症である(22章参照)。症状は吐血(新鮮血や “コーヒー残渣”様物の嘔吐);血性または黒タール便の排泄(それぞれ血便と黒色便);そして血液喪失によって生じる脱力,失神,口渇,発汗を含む。
 もし潰瘍からの出血が持続したり再発するのなら,いくつかの治療の選択肢がある。内視鏡を行い,出血部位を電気メスや熱凝固やレーザー,アルコール,硬化剤,エピネフリンで凝固する。出血は凝固後でさえも再発するかもしれない。出血部位に供給している血管の枝の血管造影的塞栓術によって止血できる場合もある。
 潰瘍が診断され,内視鏡によって出血がコントロールされた後は,静脈注射でH2ブロッカーを投与し胃酸を抑制し,経口では何も与えない。患者の様態が安定し,再出血がないことが確認されれば,経口による食物を再開し,経口による酸分泌抑制治療(H2ブロッカーまたはプロトンポンプ阻害薬)と,必要であれば抗H. ピロリ治療を開始する。
 通常次のような場合には緊急手術が必要となる;脈拍,血圧,ヘマトクリットが十分な治療や輸血にもかかわらず,患者の状態において悪化し続けた場合,すなわち安定した脈と血圧を維持するのに24時間に6回以上の輸血が必要の場合;出血は止まるが何回も輸血が必要なほど再発する場合。
 穿通(限局性の穿孔):消化性潰瘍は胃や十二指腸の壁を貫通し,隣接する閉鎖空間(小網)や組織(例,膵臓,肝臓)に入っていく。癒着は遊離した腹腹腔への漏出を防いでいる。痛みは激しく持続し,腹部よりも他の部位(背側十二指腸潰瘍の膵臓への穿通によるときはたいてい背中)に放散する。造影剤を用いたX線検査やCT検査は,診断を確定するためには通常,必要である。薬物療法によって治まらないときは,手術が必要である。
 遊離穿孔:開放した穿孔は通常,急性腹症として現れる。腹膜腔に穿孔する潰瘍は通常は十二指腸の前壁に限局し,胃ではまれである。患者は突然の激しい持続性の上腹部痛を経験する。それは急速に腹部全体に広がり,しばしば右下腹部で目立ち,時々一側または両側の肩に放散する。深呼吸さえも痛みを悪化させるため,患者は通常,静かに横たわる。腹部の触診は痛みを伴い,反跳圧痛は激しく,腹筋は硬直し(板状),腸音は減弱しているか消失している。症状は高齢者や瀕死の人,コルチコステロイドや免疫抑制薬を投与している患者では著しくない。
 診断は,立位または臥位の腹部X線で横隔膜下や腹膜腔に遊離した空気が映れば確定されるが,もし空気が全くみられなくても診断は除外されない。
 痛みと腹部硬直が一部治まり,患者の状態が発症後何時間か改善するようにみえることがある。けれども温度上昇とともに腹膜炎は進行し,患者の状態はひどく悪化する。ショックが結果として起こり,それに先立って脈拍が増加し,血圧と尿量が減少する。
 胃の出口の閉塞:この症状は,潰瘍に関連する瘢痕や攣縮,炎症性腫脹による。症状は,1日の終わりに比較的頻繁に起こり,多くは最後の食事の6時間後までに起こる大量の嘔吐を含む。食後の持続する拡張と膨満感や食欲の喪失も,胃の出口の閉塞を暗示している。長く続く嘔吐は体重減少,脱水,アルカローシスを起こす。
 もし患者の病歴が閉塞を示唆するなら,身体診察,胃吸引やX線検査で貯留の客観的証拠を示せる。振水音が食後6時間以上も聞かれるか,一晩絶食した後の吸引で200mL以上の水分や食物残渣が得られるのなら,胃貯留が示唆される。もし胃吸引で明らかに貯留を示すなら,胃を空にして,閉塞の部位,原因,程度を決定するために内視鏡やX線検査がなされるべきである。
 幽門管の活動性潰瘍による浮腫やけいれんは胃の減圧術や制酸薬(例,H2ブロッカーの静脈注射)によって治療する。嘔吐や長引く経鼻胃管吸引の継続による脱水,電解質不均衡はよくみられ,修正されるべきである。胃運動促進剤は用いられない。通常,閉塞は2〜5日間の治療で軽減する。長引く閉塞は消化性瘢痕化によるもので内視鏡前庭部バルーン拡張術に反応する場合がある。症例によっては,閉塞を和らげるのに手術が必要である。
 胃癌34章も参照):胃体部と前庭部の腸型の腺癌にはH. ピロリが関連しているが,胃噴門部の癌には関係していない。感染者は,非感染者よりも3〜6倍の確率で胃癌を発症する。胃リンパ腫とMALTリンパ腫もまたこの感染に関連している。
 MALTリンパ腫は,H. ピロリによって生じた悪性モノクローナルB細胞リンパ球が成長したものである。この状態の多くは表在性胃潰瘍と関連しており,潰瘍辺縁やその周囲の粘膜の生検で偶然見つけられる。H. ピロリの除菌によって,MALTリンパ腫が治癒することがある。そこで,化学療法や根治手術をする前に,限局性MALTリンパ腫を抗H. ピロリ療法で治療し,除菌を確認し,腫瘍の進行を細かに観察することが適切である。H. ピロリの除菌が,胃炎がより一般的な癌や胃リンパ腫に進行するのを防ぐことを示すデータはない。そこで,特に米国では胃癌は比較的少ないので,悪性の合併症を防ぐためにH. ピロリを治療する科学的な理由はない。
 再発:胃十二指腸潰瘍の伝統的な抗潰瘍治療をやめて1年後の再発率は60%以上である。H2ブロッカーまたはプロトンポンプ阻害薬による長期治療は,再発のリスクを制酸の程度に比例して減らせる。抗H. ピロリ治療後の潰瘍再発率はより少ない(10%未満)。
 最も多い潰瘍再発の理由は,H. ピロリの除菌の失敗である。再発した患者については,感染し続けている可能性を調べるべきである。もし感染が明らかになった場合,2度目の抗H. ピロリ治療が必要となる。
 その他の再発に影響する要素としては,NSAIDの使用と喫煙がある。NSAIDを使用している患者で消化性潰瘍を起こしたことのある人は,ミソプロストールまたは酸分泌抑制薬(例,H2ブロッカー,プロトンポンプ阻害薬)の長期投与の適応者である。より頻度は少ないが,ガストリノーマ(ゾリンジャー・エリソン症候群)が潰瘍の難治性または再発の原因の場合もある。


治療
 胃や十二指腸潰瘍の治療は,胃酸を中和もしくは減少させるように計画されていた。しかしながら,治療への関心はH. ピロリの除菌に移ってきた。そこで抗菌薬治療 は,H. ピロリ感染の急性潰瘍をもつ患者の全てと,内視鏡やバリウムX線で過去に胃または十二指腸潰瘍を起こしていると診断された患者については,症状を呈していなかったり制酸薬の長期治療を行っていたとしても,検討されるべきである。H. ピロリの除菌が将来的な合併症を予防できるので,この点は,過去に合併症(例,出血,穿孔)をもつ患者にとって重要である。
 H. ピロリの抗菌薬治療は発展してきている。1種類の抗菌薬でほとんどのH. ピロリ感染を治癒するとは予測できないので,1種類の薬による治療は行うべきではない。当初は,ビスマスをベースにした3剤療法が奨められていた。この方法は,酸分泌抑制薬を使うよりシンプルな2剤療法の登場によって検討を余儀なくされている。どちらの治療法を用いるとしても,抗菌薬への抵抗性,医師の助言と患者のコンプライアンスが成功の鍵となる。
 H2ブロッカーは消化性潰瘍治療において役割をもつが,もはやそれ単独では根本の治療法とはならない;それらは多くの場合,抗H. ピロリ療法における酸分泌抑制薬として使われる。効力と半減期が異なるが,それぞれの薬(シメチジン,ラニチジン,ファモチジン,ニザチジン)はH2レセプターの競合的阻害薬である。ヒスタミンは迷走神経やガストリン刺激酸分泌において重要な役割を果たしている。そのためH2ブロッカーが基礎胃酸分泌量,食物,迷走神経,そしてガストリンによって刺激される酸分泌の効果的な抑制剤となる。胃液の量も比例して減る。ヒスタミンに仲介されたペプシン分泌も減る。
 H2ブロッカーは,消化管でよく吸収され,その生体内利用率は37〜90%である。作用の始まりは摂取後30〜60分にみられ,効果のピークは1〜2時間後にみられる。静脈内投与によって,より迅速に作用は始まる。経口あるいは静脈内投与どちらでも作用の持続時間は服用量に比例し,6〜20時間にまで及ぶ。不活性の,もしくは元の化合物より活性の弱い肝代謝物がいくつか作られるが,未変化体が腎を通って排出されるので,腎不全には投薬量調節が必要である。血液透析によりH2ブロッカーは除去されるので,透析の終わりには患者に再投薬される。高齢者の多くには用量を減らすべきである。
 シメチジンは弱い抗アドレナリン作動効果があり,高用量を持続的に投与している患者(例,分泌過多)では,可逆性の女性化乳房や,より頻度は少ないが,性交不能症として現れることがある。全てのH2ブロッカーについて,急速静脈投与の後で,精神状態の変化,下痢,湿疹,薬による発熱,筋肉痛,洞徐脈や低血圧が報告されており,一般には1%未満の患者だが,高齢者ではより頻度は高い。
 シメチジンと,より程度は低いが,他のH2ブロッカーは,P-450ミクロソーム酵素と相互作用を起こし,このシステムにより排出される他の薬(例,フェニトイン,ワルファリン,テオフィリン,ジアゼパム,リドカイン)の代謝を遅らせるかもしれない。
 プロトンポンプ阻害薬は,壁細胞の管腔側の分泌膜上にあるプロトン(酸)ポンプ (例,H,K-ATPase)の阻害薬として効能がある。プロトンポンプ阻害薬は酸の分泌を完全に阻害することができ,作用時間も長い。
 プロトンポンプ阻害薬は多くの抗H. ピロリ療法の中心的な要素である。活動性の十二指腸潰瘍や胃潰瘍では,抗菌薬治療の終了後2週間,潰瘍の完全な治癒を確かめるために,オメプラゾール20mg/日の経口投与またはランゾプラゾール30mg/日の経口投与を行う。プロトンポンプ阻害薬は,NSAIDによる胃十二指腸潰瘍の治療中にNSAIDをどうしても継続しなければならない場合には,H2ブロッカーよりも効果的である。
 もともとは,長期のプロトンポンプ阻害薬治療は胃癌の発生の素因を作ると推察されていたが,そうした事実は現れていない。同様に,H. ピロリ感染者でプロトンポンプ阻害薬を投与している患者は,胃の萎縮を生じるものの,これも化生を生じたり胃腺癌のリスクを増加することはない。持続的な胃酸の制御は,報告はないものの,理論的には細菌の過度な増殖,腸感染症や,ビタミンB12の吸収不良が懸念される。
 ある種のプロスタグランジン(特にミソプロストール)は胃液分泌を阻害し,胃粘膜を保護する。合成プロスタグランジン誘導体の消化性潰瘍治療における役割は,NSAIDに起因する粘膜の損傷については重要である。NSAID起因の潰瘍のハイリスク患者(例,高齢者,潰瘍や潰瘍合併症の病歴のある人,コルチコステロイドを投与している人)は,NSAIDと一緒にミソプロストール200μgを経口で1日4回投与するとよい。ミソプロストールのよくある副作用は腹部けいれんと下痢で,30%の患者に発症する。ミソプロストールは流産を促す強力な薬で,避妊していない出産可能な年齢の女性には絶対的に禁忌である。
 スクラルファート は,潰瘍の治癒を促進する蔗糖-アルミニウム複合体である。酸の分泌やガストリンの分泌には全く影響はない。考えられるメカニズムとしては,ペプシン基質相互作用の阻害,粘膜プロスタグランジン生成の促進,胆汁酸塩の結合が含まれる。スクラルファートは,成長因子を結合し,潰瘍部位に濃縮することによって,潰瘍化した粘膜に対して栄養効果をもたらすようである。胃の酸環境においては,スクラルファートは解離して潰瘍の基底部に保護膜を形成し,酸,ペプシン,胆汁酸塩から保護するのである。
 スクラルファートの全身性吸収は無視してよい。3〜5%の患者に便秘が起こる。スクラルファートは他の薬と結合し,その吸収を妨げることもある。
 制酸薬は症状を和らげ,治癒を進め,再発を減らす。それらは比較的安価だが,1日5〜7回投与しなくてはならない。潰瘍治癒のための最適の制酸薬療法は毎食後1時間と3時間そして就寝時に液体15〜30mLまたは2〜4錠であるように思われる。1日当たりの全制酸薬投与量200〜400mEqの中和能力をもつべきである。
 一般に2つのタイプがある:(1)吸収性制酸薬(例,炭酸水ナトリウム)は,迅速に完全に中和し,時に間欠性の症状緩和に短期間活用される。しかし,吸収性があるために連続して使用するとアルカローシスやミルク-アルカリ症候群の原因になる。(2)非吸収性制酸薬(弱塩基性の比較的不溶性の塩)は全身性の副作用が少ないために好まれる。塩酸と相互作用し,吸収性の低い塩を形成し,そのことによって胃のpHを上げる。ペプシンの活性はpHが4以上に上がると減少し,ペプシンは制酸薬の種類によっては吸着されるかもしれない。制酸薬はその他の薬(例,テトラサイクリン,ジゴキシン,鉄)の吸収を阻害する。
 水酸化アルミニウムは比較的安全でよく使用される制酸薬である。慢性的に使うと,リン酸塩の消耗がまれに消化管でアルミニウムとリン酸が結合した結果として進む。リン酸塩消耗の危険は,飲酒家,栄養不良の患者や血液透析を受けている人を含む腎臓の病気の患者で増加する。水酸化アルミニウムは便秘の原因となる。
 水酸化マグネシウムはアルミニウムよりも効果があるが,下痢の原因となるかもしれない。下痢を抑えるために,多くの市販の制酸剤は水酸化マグネシウムとアルミニウムの両方を含む。中には水酸化アルミニウムと三ケイ酸マグネシウムを含むものもある;後者は中和能力が少ない傾向がある。少量のマグネシウムが吸収されるので腎臓病の患者にはマグネシウム製剤は慎重に使われるべきである。
 抗H. ピロリ治療:ビスマスとメトロニダゾール,テトラサイクリンの併用療法は,まず最初に,最も広く研究されたH. ピロリの治療法の1つである。Pepto-Bismol(2錠を経口で1日4回),テトラサイクリン(500mgを経口で1日3回),メトロニダゾール(250mgを経口で1日3〜4回)の2週間投与を60%以上服用すれば,80%の患者で感染が治癒する。一般的に,潰瘍の治癒を確実にするために,酸分泌抑制薬を同時に4週間継続投与することが奨められている。副作用は通常,目立たないが,30%までの患者で発生することがあり,またこの1日に16錠の薬を飲むという複雑さが,コンプライアンスを制限してしまう。ラニチジンビスマス・クエン酸塩(400mgを経口で1日2回)とクラリスロマイシン(500mgを経口で1日3回)の2週間投与は新しく同様に効果のある治療法である。
 プロトンポンプ阻害薬はH. ピロリを抑制し,潰瘍の急速な治癒を促す。使用によって上昇する胃のpHは,抗菌剤の組織の濃度と抗菌効果を増し,H. ピロリを疎外する環境を作り出す。アモキシシリンとオメプラゾールによる2剤療法は奨められない。オメプラゾール(40mgを1日2回)とクラリスロマイシン(500mgを1日3回)の2者療法を2週間行うことで,約80%の除菌率が得られる。プロトンポンプ阻害薬療法はより簡単でより耐容性があるが,ビスマスを中心にした3者療法より高価である。
 研究結果によると,オメプラゾールまたはランソプラゾールと抗菌薬を混合した療法は,7〜14日使うことで効果がある。例えば,オメプラゾール(20mgを1日2回)またはランソプラゾール(30mgを1日2回)と,クラリスロマイシン(500mgを1日2回),そしてメトロニダゾール(500mgを1日2回)またはアモキシリン(1gを1日2回)を1週間投与すると,約90%の患者で感染が治癒できる。プロトンポンプ阻害薬の3者療法はまだ認められていないが,その主な利点は短い治療期間,1日2回の服用,非常によい耐容性と高い除菌率である。
 補助的な治療:いかなる食事が治癒を早め,再発を防ぐかという,はっきりとした証拠はない。したがって,多くの医者は患者に苦痛の原因となる食事のみを除く(例,フルーツジュース,辛いもしくは脂肪分の多い食事)。牛乳は,かつては治療の頼みの綱であったが,潰瘍の治癒に効果はなく,実際は胃酸分泌を促すのである。少量のアルコールが潰瘍の治癒を遅らせるという明確なデータはないものの,潰瘍患者は一般的にアルコール摂取の際に薄めたり量を少なく制限することを示唆される。喫煙は潰瘍とその合併症を発症する危険因子であり,潰瘍の治癒を損ね,再発率を増やすようである。再発リスクと治癒の阻害は,1日のタバコの本数に関連している。
 手術:最近の薬による治療によって,手術を必要とする患者の数は,かなり少なくなっている。適応には(前述の「合併症」参照)穿通,内科治療に反応しない閉塞,コントロールされていない,または再発した出血,悪性と疑われる消化性潰瘍,内科治療に反応しない症状。
 急性の穿孔は,たいてい,即座に手術を必要とする。遅れれば遅れるほど予後は不良になる。手術が禁忌の場合は,その代わりとして経鼻胃管の吸引の継続(できれば集中治療室で)と広域スペクトルの抗菌薬の投与を行う。
 手術後の症状の発生率とタイプは,手術のタイプにより様々である。切除手術の手順には前庭部切除,胃半切除,部分胃切除,胃亜全摘(例,胃十二指腸吻合-ビルロートI法による胃の末梢30〜90%切除,もしくは胃空腸吻合-ビルロートII法),迷走神経切除あり,またはなしを含む。切除手術後,30%までの患者が体重減少,消化不良,貧血,ダンピング症候群,反応性低血糖,胆汁性嘔吐,機能性障害,潰瘍の再発などの重要な症状をもつ。
 体重の減少は胃の大部分を切除した際によくみられる;患者はすぐに満腹になってしまうため(残った胃袋が小さいので),あるいはダンピング症候群とその他の食後の症候群を防ぐために食事の摂取を制限する。胃袋が小さいので,例え,中程度の量の食事にも拡張あるいは不快感が続く;患者は,より少ない量の食事をより頻回にとることが奨められるべきである。膵臓胆管バイパス,特にビルロートII吻合をしたために起こる消化不良と脂肪便は,体重の減少の一因となるかもしれない。貧血は一般的で(通常は鉄欠乏により,しかし時折,内因子の喪失または細菌の過剰繁殖のためにB12欠乏が起こることによる),また骨軟化症が起こるかもしれない。月に1回,ビタミンB12の補給が胃全摘の患者全員に予防として奨められているが,欠乏が疑われれば,胃亜全摘の患者にも与えられる。
 ダンピング症候群は,外科的な吻合術,特に切除の場合に続いて起こる。脱力感,めまい,発汗,悪心,嘔吐,動悸が,食後すぐに,特に高浸透圧性の食事の後に起こる。この現象は早期ダンピングといわれ,その原因ははっきりしないが,自律神経反射,循環血液量の減少,血管作動性ペプチドの小腸からの分泌が関係しているようである。食事はより少量を,頻繁にとり,炭水化物の摂取を減らすことが通常,効果的である。その他の形態の症候群である反応性低血糖後期ダンピングは胃嚢から炭水化物が急激になくなることに起因している。血中グルコースが早く高いピークに達すると過剰のインスリンの放出を刺激し,食事の2,3時間後に低血糖の症状を呈する。高蛋白と低炭水化物食と,適切なカロリー摂取が(頻繁で少量の食事では)奨められている。
 胃不全麻痺や胃石形成を含む機械的障害は,胃運動第III相性収縮の減少のため二次的に起こり,これは幽門洞切除術や迷走神経切除後に改まる。下痢は特に迷走神経幹切断の後によくみられ,胃切除のない場合でも起こる(幽門形成術)。最近では,十二指腸潰瘍に対して最も一般的に奨められている手術は,高度選択的あるいは壁細胞迷走神経切除術(胃体部の求心枝に限って切除し胃洞神経支配を残すことで,ドレナージの必要性をなくす)で,これによって死亡率は非常に低減し,胃切除や伝統的な迷走神経切除術による後遺症を避けられる。
 術後の潰瘍再発率は,迷走神経切断後では5〜12%で,高度選択的な迷走神経切断術の後では2〜5%である。再発した潰瘍の診断は,内視鏡による。通常はプロトンポンプ阻害薬またはH2ブロッカーによる治療に反応する。再発した潰瘍には,迷走神経切除の完全さが胃液検査により検査されるべきで,もしH. ピロリに感染していれば,除菌治療を行い,また血漿ガストリン測定によりゾリンジャー・エリソン症候群は除外診断されるべきである。

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