平成23〜24年度厚生労働科学研究
科学的根拠に基づく「快適で安全な妊娠出産のための ガイドライン」
改訂版


 この度、平成23-24年度厚生労働科学研究(政策科学総合研究事業)により、ローリスクの妊婦、産婦、新生児を対象とした「科学的根拠に基づく快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン」を改訂しました。 

現在、周産期医療(産科医療、新生児医療)を取り巻く環境は大変厳しいです。そのような中にあっても、このガイドラインが、お母様と赤ちゃん1人1人が大切されつつ、母子にとって安全で満足な、次のお子さんも欲しいと思えるような母子に優しい出産環境を整える道標となることを願って止みません。このガイドラインが母子を支える周囲の人々や周産期医療に携わる方々に活用して頂ければ幸いです。


本研究班のガイドラインの特徴は、主に以下の4点です。


1.周産期医療サービスの受け手であるお母様方、周産期医療およびガイドライン作成に関わる様々な職種・専門家がガイドライン開発のメンバーとして参加していること。 1) サービスの受け手であるお母さん達、 2)産科医、 3) 新生児科医、 4)助産師、5)方法論の専門家として疫学・統計の専門家、 6)ガイドラインの開発の専門家である英国NICEの研究者、7)検索の専門家の図書館司書 が参加して議論を重ね、開発しました。


2.プライマリレベルの施設で実施可能な、正常からボーダーラインのローリスクの妊産婦、および分娩直後の母親と新生児を対象とした、標準的なガイドラインであること。また、サービスの受け手であるお母さん達が望んでいる内容のガイドラインであること。


3. ガイドラインの項目(RQ)の選定は、母親対象に本研究班が平成17年度に実施した全国調査に基づいて、お母様にとって、満足で快適なお産との指標を統計的に抽出して行ったこと。

 

4.「科学的根拠に基づく快適な妊娠出産のためのガイドライン」の開発に際し、それぞれのRQごとに、学問的にも信頼性の高い文献研究として構成されていること。 国内外のそのRCTまたはシステマティックレビューの文献を用い、1つ1つのRQがこれらの文献を総括した文献研究に基づいています。また、日本の現状と(快適性だけでなく)安全性に関する議論を加えて、それぞれのRQをまとめてあります。 ただし、日本の周産期医療に関するRCTまたはシステマティックレビューが殆どありませんので、本研究班が実施した疫学的手法による全国調査を多くのRQで引用しました。


U  「快適な妊娠出産ケアのためのガイドライン」の目的と領域
1、背景
 日本の出生率と合計特殊出生率が低迷する中で、経済活動および健康保険や年金等の福祉を支える次世代の育成は喫緊の課題である。人口減少は将来の労働力の減少や高齢者福祉負担の過重を招き、経済活動や社会への影響は更に深刻さを増している。これまで、女性が安心して子どもを産み健やかに育てる基礎となる少子化対策として、平成13年に「健やか親子21」が始まり、平成26年度(2014年度)まで延長され、その他の母子保健施策も展開されている。
一方、産科医や小児科医の減少が続き、周産期医療に携わるマンパワーの医療者未だに不足しており、周産期医療のマンパワーやシステム等の体制の立て直しをすることが急務となっています。このため本来、周産期医療の中心に在るべき母子は、ややもすれば意識の片隅に追いやられがちです。このような状況だからこそ、子どもを産み育てる母親と日本を担う子どもの立場に立った「質の高い周産期医療」が必要とされます。
 このガイドラインは平成17〜18年度厚生労働科学研究(子ども家庭総合研究事業)「科学的根拠に基づく快適な妊娠出産のためのガイドラインの開発」により、母親対象の全国調査の結果に基づいて本研究班によって開発され、6年後の平成23年に同様の全国調査を行い、実現可能な快適で安全な妊娠出産のためのガイドラインを改訂しました。妊娠出産する母親側から見て満足と感じる妊娠出産ケアを科学的に抽出し、快適で満足できる医療・ケアの指標を見い出し、母親のニーズと日本の実状を合わせてその具体的な提案しようとしています。このガイドラインにより女性が安心して子どもを欲しいだけ出産し、育てる喜びや楽しさを実感できる優しい出産環境の整備の後押しになること期待します。


2、本ガイドラインの基本的な考え方、および目的
1)基本的な考え方
(1) 安全を大前提とし、安全性を担保する内容を入れる。
(2)本ガイドラインは周産期の医療者のために開発し改訂したものである。
(3) 安全性を十分考慮して、過剰な医療処置を省いた適切な処置ケアの見直しのためのRecommendation(推奨、勧め)とする。あくまでも勧めであり、医療者を束縛するものではない。
(4)個々のお産が大事にされていることを前提とし、本ガイドラインの項目だけを実施すれば良いのではない。また女性達が望んでいる内容であること。
(5) 最高レベルの医療ではなく、プライマリーレベルの施設で実施可能な標準的な、根拠を持って応え得るものである。しかし、日本の今の周産期医療のレベルを下げない。
(6) 後述するガイドライン開発の方法に示すように本ガイドラインは包括的なガイドラインではない。


2)目的: 
正常からボーダーラインのローリスクの妊産褥婦と新生児を対象として、安全を確保しながら妊娠出産する女性にとって満足で、適切な医療処置・ケアの指針を、それを提供する医師、助産師等、周産期医療スタッフ、および女性とその家族に科学的根拠を持って提供する。
最終的な目的は、妊娠出産する女性と家族にとって快適で満足な妊娠出産のための指標作りである。


3)対象:作成過程では、原則としてローリスクの妊娠出産の処置・ケアを対象としてきたが、その内容は、ハイリスクの妊娠出産を対象外とするものではない。リスクの個別的評価に基づき、安全面の比重を配慮することで、すべての妊娠出産にガイドラインを適用することが可能と思われる。


3、領域
 正常からボーダーラインのローリスクの妊娠中、分娩中(第1,2期)、分娩直後の母親、および出生直後の新生児に対する医学的処置、助産ケア、コミュニケーションの領域とする。
 ハイリスクの母子、投薬・検査、医療経済は本ガイドラインの範囲外とする。本ガイドラインは下記のガイドラインや先行研究との重複を避けたので、他の研究成果の活用を参照して頂きたい。
(例)
・日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会「産婦人科診療ガンドラインー産科編2011改定」
・平成20年度厚生科学研究「助産所業務ガイドライン2009改定版
・ 平成15〜16年度厚生科学研究「産科領域における安全対策に関する研究
・ 平成15年度厚生科学研究「妊婦のリスク評価に関する基礎的研究」
・ WHO/ユニセフ「母乳育児を成功させるための10カ条」1989

V  本ガイドライン開発の方法
1、リサーチクエスチョン(Research Question:RQ)の設定
・ アンケート調査に基づいた処置ケア:平成23年の母親対象の全国調査で、実際に受けた処置ケアと母親の満足度とのロジスティック解析により、独立して満足感と有意な関連の ある52項目から、介入や行為を表す42項目をリサーチクエスチョンに挙げた(RQ1〜8,11,13〜15)
・ 多数が導入しているが検証するべき診療行為(RQ8〜11)
・ 診療者・施設によりばらつきのある診療行為(RQ8、RQ12)


2、エビデンスの収集(文献検索方法など)
 ガイドラインのエビデンスとなるランダム化比較試験(RCT)やシステマティック・レビュー(SR)などの文献収集は次のように行った。
・ 国内文献は、医学中央雑誌の全年代を対象として検索した。
・ 外国文献は、英国立医療技術評価機構(The National Institute for Clinical Excellence :NICE)のガイドラインでエビデンスとして採用された文献を使用する。NICEガイドラインにないリサーチ・クエスチョン(RQ)についてはMEDLINE、CINAHL、および必要ならPsycInfoを、いずれも全年代を対象として、独自に検索した。
・ ハンド・サーチなどの手法による補完は行わなかった。
検索、検索スクリーニング、文献の最終評価のプロセスは、RQごとに進められた。すべての検索はデータベース検索を専門とする図書館員である1担当者が行った。検索結果は主題専門家である他の担当者によって書誌データおよび抄録レベルでスクリーニングされた。さらに各RQの担当者が本文全文を確認して最終的に評価した。
 医学中央雑誌の検索方法は、統制語による主題検索を基本とし、キーワード検索で補完 した。RQの性格上、検索結果が他分野を含む広範囲の領域に拡散する検索主題が多いと予想された。そのため、統制語とキーワードにより構成された検索式から成るフィルタを作成し、適宜これを使用して出産領域への絞り込みを行った。また、エビデンス・レベルについても統制語・キーワード・文献種別などで構成された検索式から成るフィルタを作成して絞り込んだ。予備調査の段階で、これらのRQに関係するRCTが極めて少ないことが予想されたので、全般的に適合率より再現率(感度)を重視した検索を行った。エビデンス・ レベルについても絞り込みを緩めにした。さらにこれとは別に各RQ当たり100〜300件程度を目標に、エビデンス・レベルの絞りに漏れた原著論文等の補完的集合も作成してスクリーニングに引き渡した。
 このような再現率重視方針にもかかわらず、結果的に各RQ共、内容的に適合した十分なエビデンス・レベルの文献はほとんど得られなかった。

3、エビデンスの推奨のレベル

  根拠の強さと推奨グレード                根拠の強さ
研究デザインと質
非常に質が高く、そのまま利用可能な研究
利用可能だが、すこし注意が必要な研究 質やその他の理由で、利用不能な研究
ランダム化比較試験あるいはランダム化比較試験のシステマティック・レビュー
1++
1+
1−
非ランダム化比較試験あるいは           分析的疫学研究
2++
2+
2−
事例研究、症例報告あるいは学会などからの専門家の意見
3++
3+
3−

 

推奨グレード(根拠になる情報の確かさと、重要度を示す)

根拠の強さ
 
      A
強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる
      B
科学的根拠があり、行うよう勧められる
      C
科学的根拠はないが、行うよう勧められる
  根拠の強さが「−」の場合は推奨策定の上では参考にしない

                     

W  各リサーチクエスチョン(RQ)の推奨のまとめ

それぞれのRQ(PDFファイル)をクリックしてご覧下さい。

RQ1 妊産婦の要望とリスクを考慮した分娩施設の対応は?
RQ2 分娩期に医療者以外の付き添い(立ち会い)が居るか?
RQ3 助産師のケアを受けられるか?
RQ4 分娩中、終始自由な姿勢でいるか?
RQ5 産痛を緩和するには?
RQ6 妊産婦の立場にたったコミュニケーションをしているか?
RQ7 医師や助産師の継続ケアを受けているか?
RQ8 バルサルバ法の適応は?
RQ9 会陰切開の適応は?
RQ10 分娩時にルーティンの点滴は必要か?
RQ11 分娩時の胎児心拍数の観察は?
RQ12 新生児の蘇生と搬送は?
RQ13 母乳育児のサポートは?
RQ14 早期母子接触は?
RQ15
産後の育児サポートに向けた退院支援は?

 

X 平成24年度 ガイドライン改訂メンバー

島田三恵子:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 教授 
杉本充弘:日本赤十字社医療センター 副院長・産科部長
関和男:横浜市立大学附属市民総合医療センター母子医療センター新生児科 准教授
藤井知行:東京大学医学部産婦人科学教室教授、日本産婦人科学会産科診療ガイドライン作成委員
前田津紀夫:前田産科婦人科医院院長、日本産婦人科医会理事・広報委員
松山裕:東京大学大学院医学系研究科生物統計学講座准教授
上村夕香里: 同講座 特任助教
安達久美子:首都大学東京医療福祉学部看護学科教授、日本助産学会副理事長
岡本喜代子:日本助産師会会長、おたふく助産院院長
山本詩子:日本助産師会神奈川県支部支部長、山本助産院院長
井本寛子:日本赤十字社医療センター副看護部長、日本看護協会助産師職能委員
冨田直子:NPO法人SIDS家族の会 事務局スタッフ
袖岡仁美:NPO法人SIDS家族の会 東京地区ビフレンダー
諏訪敏幸:大阪大学生命科学図書館参考調査係長(図書館司書)

 

平成17-18年度 ガイドライン開発メンバー
島田三恵子:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 教授 
杉本充弘:日本赤十字社医療センター 産科部長
関和男:横浜市立大学附属市民総合医療センター母子医療センター新生児科 準教授
町田利正:東京産婦人科医会会長、町田産婦人科・菜の花クリニック院長
久具宏司:東京大学大学院医学系研究科産科婦人科学教室 講師
縣俊彦:東京慈恵医科大学環境保健医学講座 助教授
森臨太郎:National Collaborating Centre for Women’s and Children’s Health,
       Research Fellow(英国国立母子保健共同研究所研究員)
岡本喜代子:日本助産師会専務理事、おたふく助産院院長
村上睦子:日本赤十字社医療センター 看護副部長
中根直子:日本赤十字社医療センター 分娩室助産師長
神谷整子:みずき助産院 院長
戸田律子:JACE日本出産教育協会 代表(バースエデュケーター)
冨田直子:NPO法人SIDS家族の会 事務局スタッフ
神徳敦子:NPO法人SIDS家族の会 千葉・茨城地区ビフレンダー
大橋一友:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 教授
新田紀枝:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 助教授
諏訪敏幸:大阪大学生命科学図書館参考調査係長(図書館司書)