WT1ペプチドを用いたガンの免疫療法の臨床試験・医師主導治験

WT1とは

“WT1”とは

Summary

Wilms腫瘍遺伝子WT1は,白血病や種々の固形癌で高発現しており,これらの疾患においてはOncogenicな機能を果たしており,白血病や固形癌の発症,進展に重要な役割を果たしています。特に白血病においては腫瘍量をモニタリングするマーカーとして2007年より本邦で保険収載されています。また、WT1遺伝子から翻訳される蛋白質の一部(ペプチド)が癌細胞の細胞表面にMHC ClassI分子と共に発現しており、このペプチドをワクチン療法に用いることによりMHC ClassI分子―ペプチド複合体を攻撃する細胞障害性T細胞を誘導でき、様々な癌種において抗腫瘍効果を認めることが明らかとなってきました。

1.WT1遺伝子とは

WT1遺伝子は小児腎腫瘍ウイルムス腫瘍の原因遺伝子として1990年に発見されました。Wilms腫瘍の一部でこの遺伝子の欠揖や突然変異が認められ,Wilms腫瘍由来の細胞株に正常なWT1遺伝子を導入すると細胞増殖が抑制されたということなどにより,WT1遺伝子は癌抑制遺伝子と考えられてきました。

われわれの研究室では、従来癌抑制遺伝子と考えられてきたWT1遺伝子について、野生型WT1遺伝子が、白血病や肺癌、大腸癌、膵癌、骨軟部肉腫や悪性神経膠腫など様々な固形悪性腫瘍において過剰発現していること、癌抑制遺伝子というよりはむしろ癌遺伝子として機能していることを明らかにしてきました。これまでの論文業績

2.白血病及び骨髄異形成症候群のマーカーとしてのWT1-mRNA

われわれの研究室では、さらにWT1 mRNAを定量的に測定できる定量的reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法(WT1アッセイ)を確立しました。このWT1アッセイを用いて急性骨髄性白血病(AML),急性リンパ性白血病(ALL),急性混合性白血病(AMLL),慢性骨髄性白血病(CML),および,非ホジキンリンパ腫でのWT1-mRNAを定量したところ,すべての白血病で正常骨髄細胞に比し約1,000倍の,正常末梢血細胞に比し約10万倍の,WT1遺伝子の高発現が見られました。また、CMLでは病期が慢性期,移行期,急性転化期と進行するにつれて,WT1発現レベルが約10倍ずつ上昇しました。一方、非ホジキンリンパ腫では,腫瘍細胞のWT1発現レベルは白血病レベルから低いものまで様々で,約半数の症例ではWT1の発現を検出できませんでした。

このWT1アッセイでは,白血病細胞を正常骨髄細胞1,000~10,000個に1個の感度で,正常末梢血細胞10万個に1個の感度で白血病細胞を検出することができます。そのため白血病の微小残存病変の検出に有用であり,急性骨髄性白血病の治療モニタリング検査として2007年11月1日より保険適用の臨床検査となっています。

一方、骨髄異形成症候群(MDS)は赤血球、白血球、血小板の複数の系統の血球の産生の異常により、貧血、白血球減少により感染症にかかりやすくなったり、血小板数低下による出血傾向をきたしたりする疾患です。さらにMDSの20~30%は白血病に移行するため、前白血病状態とも考えられています。この骨髄異形成症候群(MDS)でWT1 mRNAの発現量を定量したところ,白血病への移行のリスクの高いタイプでWT1 mRNAのレベルが高く、白血病への移行と相関していました。これらの結果を受け、WT1アッセイは、MDSの診断補助および進行度のモニタリングマーカーとしても2011年8月1日より保険適用の臨床検査となっています。

3.WT1ペプチドワクチン癌免疫療法

われわれの研究室では、さらにこのWT1を標的としたペプチドワクチン癌免疫療法の開発を行っています。ペプチドワクチン癌免疫療法とは感染症の予防法として確立している“ワクチン”という技術を用い、癌細胞を攻撃するTリンパ球(細胞傷害性Tリンパ球, CTL)を誘導する治療法の総称です。投与方法としては、ペプチドワクチン療法、樹状細胞ワクチン療法にわけられ、用いる癌抗原もその癌抗原(タンパク)のタンパク全長を用いる方法、癌抗原ペプチド断片である単一のエピトープのみを用いる方法(ショートペプチド)、複数のエピトープを含んだタンパクの一部断片を用いる方法(ロングペプチド)やショートペプチドの組み合わせなど様々な方法がありますが、われわれの研究室ではショートペプチドを用いたペプチドワクチン療法を用いています。このペプチドワクチン療法の詳細に関しましては 治療の概要をご参照ください。

WT1ペプチドワクチン癌免疫療法の開発に関しては、WT1を発現する腫瘍細胞に対する細胞障害性T細胞(以下、WT1特異的CTLと呼びます)を誘導できる抗原エピトープとしてHLA-A*0201症例に対するWT1-126ペプチドの同定を2000年に論文発表したことが最初です。また、他施設で、やはり2000年に、HLA-A*2402症例に対するWT1-235ペプチド同定の論文発表がなされました。さらにわれわれの研究室ではマウス腫瘍モデルを作成し、WT1-126ペプチドを用いた癌ワクチン療法が腫瘍細胞表面のマウスMHC classⅠ分子(H-2Db)上のWT1ペプチド配列(WT1-126ペプチド)を認識できるWT1特異的CTLを誘導し、さらにWT1蛋白を発現した腫瘍を拒絶することを見出し、これも2000年に論文報告しました。2003年には世界で初めてのWT1-235ペプチドを用いた癌ワクチン療法のヒト臨床試験結果を報告し、WT1ペプチドワクチン療法の治療法としてのポテンシャルを示しました。この成功を元にわれわれの研究室では、急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群、神経膠芽腫、膵癌、さらには有効な治療法の開発が遅れている希少癌などにおいてWT1ペプチドワクチン療法の臨床試験を行い、この治療法がそれぞれの悪性疾患に対し新たな治療戦略となりうることを明らかにしてきました。個々の臨床試験の結果に関しまして これまでの業績をご参照ください。われわれの研究室の報告に続き、海外からもWT1を標的とした癌ワクチン療法は有望な成績が報告され、2009年の米国立癌研究所における75種類の癌抗原を、1) 治療効果、2) 免疫原生、3) 特異性、4) がん遺伝子性、5) 発現レベルや陽性率、6) がん幹細胞での発現、7) 抗原陽性患者数、8) エピトープ数、9) 抗原発現部位の9項目で点数化したランキングにおいて、WT1タンパクは「期待される癌抗原ランキング」で1位にランクされました(Cheever et al. Clin Cancer Res 2009)。

WT1ペプチドワクチン癌免疫療法が様々な癌種において一定の抗腫瘍効果を示す一方、治癒にまでつながる症例が限定的でありより抗腫瘍効果を高める方法の開発が望まれています。癌ワクチン療法の開発早期には造血抑制を副作用とする化学療法や放射線療法との併用は免疫応答を阻害すると考えられることから否定的でしたが、われわれの研究室では複数の臨床試験において化学療法を併用することで1) 腫瘍細胞死を引き起こし樹状細胞の活性化、さらには癌抗原特異的CTL反応を誘導する、2) 癌抗原や接着分子やMHCの発現を高める、3) 好中球減少に続く回復期サイトカイン環境が抗原特異的T細胞の反応を高めるなどの機序により、免疫作用が高まり、WT1ペプチドワクチン癌免疫療法との相乗効果が期待されることが分かってきました。また、さらにWT1特異的CTL反応が有効に働くにはヘルパーCD4+T細胞の存在が重要であることが分かってきました。われわれの研究室ではモンタナイドISAと共に投与することでWT1特異的ヘルパーCD4+T細胞を誘導しうるヘルパーペプチド配列を見出しました。さらにマウス腫瘍モデルにおいてヘルパーペプチドを併用することによりWT1-CTLショートペプチドを用いたペプチドワクチン癌免疫療法の効果が増強・維持されることを見出しました。われわれの研究室では、更にこのヘルパーペプチドを併用した併用ワクチン療法(WT1 Trioワクチン療法と命名)を用いたヒト臨床試験を開始しています。