研究紹介

がんの疾患多様性に関する研究

疾患多様性とがん治療

がんは、様々な遺伝子変異により引き起こされる疾患です。同じ臓器から生じるがんであっても、それぞれの患者ごとに変異が起きる遺伝子や変異のパターンが異なるため、がんの性質もまた患者ごとに大きく異なります。これを、がんの疾患多様性といいます。近年の遺伝子解析技術の進歩により、患者さんごとに全ての遺伝子変異の情報を検索することも可能になりました。しかし、遺伝子変異がわかっても、必ずしも適切な治療に結び付くわけではありません。消化器がんでも、大腸がんのKRAS変異、消化管間葉系腫瘍(GIST)のKIT変異など、ごく一部の遺伝子変異で分子標的治療の効果との関連が分っているのみです。遺伝子情報により適切な治療が選択できるのは、がん全体の1割にも満たないといわれています。その理由は色々と考えられますが、大きな要因の一つとして、遺伝子変異や遺伝子発現検査ではがん組織を採取した瞬間の情報しか知ることができないという点があります。

がんオルガノイド培養法の応用

本研究では、がんの疾患多様性を解明し、患者ごとに適切な治療法を見つけるためのアプローチとして、がんオルガノイド培養法の応用に取り組みます。従来のがん研究には、”2次元接着細胞株”とよばれる、何十年も前に世界のどこかでがん患者から取り出された細胞(がん細胞株)が用いられてきました。その理由は、これまでの技術ではがん細胞を体外で培養し続けることが非常に困難だったからです。そのため、ごく稀に培養環境に適合したがん細胞を、世界中の研究者でシェアしてがん研究を続けてきました。

ところが、近年の培養技術の進歩により、患者のがん組織からがん細胞を抽出し三次元培養を行うことで、接着状態ではなく、立体的な細胞の集合体<オルガノイド>として培養することが可能となりました。例えば大腸がんでは、90%以上の患者の腫瘍から、がん細胞をオルガノイドとして培養することができます。患者から抽出したばかりのがんオルガノイドは、実際の体内でのがんの性質の多くを再現できています。つまり、100人の患者から100人分のオルガノイドを調製して比較することで、がんの疾患多様性を実験室で再現できると期待されています。がんの遺伝子変異や遺伝子発現プロファイルの違いが、治療薬の投与や環境因子の変化に対する反応にどのような違いを与えるか?生体での研究が困難なことを解明する技術として、改めてオルガノイド培養法の活用が期待されています。

私たちは、オルガノイド培養法のひとつ、CTOS(Cancer Tissue-Originated Spheroid)法を開発した京都大学クリニカルバイオリソース研究開発講座との共同研究により、大腸がんCTOSを用いて疾患多様性の解明に取り組んでいます。遺伝子変異や発現だけでなく、糖鎖と疾患多様性の関連などを明らかにし、最適な治療法を検索する「個別化医療」の実現に向けた研究を行っています。