近年世界中で肥満者が増加し、いわゆるメタボリックシンドローム患者数は増加の一途をたどっています。非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)患者は現在日本で約2000万人いると推定されています。NAFLDは非進行性の単純性脂肪肝(NAFL)と進行性の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に分類されます。NASHは進行性の脂肪肝で、肝硬変、肝細胞がんへと進展しうる病態です。NASHの診断には現時点では侵襲的な検査である肝生検が必須であり、非侵襲的診断法(non-invasive test: NIT)の開発が望まれています。またNASHには確立された治療法がなく、効果的な治療法の開発も強く望まれています。
一方、糖鎖は核酸、タンパク質に続く第3の鎖状生命物質であり、近年代謝、免疫にも重要な役割を果たしていることが次々に明らかにされています。糖鎖がNASHの病態に深く関わっている可能性が考えられ、NASHと糖鎖についての研究が新しいNASHの診断法・治療法の開発に役立つものと考えられます。これまでに血液検査によるNAFLD診断のための様々な糖鎖バイオマーカー開発を行ってきました。さらに画像検査によるNIT開発のために超音波検査を用いたNAFLDのNIT開発を目指し、血液バイオマーカーと超音波診断の組み合わせによりさらに有用性の高いNAFLDのためのNITを開発していきます。
我々は糖鎖発現に関与する遺伝子改変マウスを用いてそれぞれの糖鎖のNASH病態に及ぼす影響について検討を行っています。その中の一つとして正常肝ではほとんど発現せず、慢性肝炎で上昇する糖鎖転移酵素であるN-アセチルグルコサミン転移酵素V(GnT-V)の過剰発現マウスでは図(C①)のようにNASHの病態進展が著明に抑制されることを発見しました。我々は肝線維化課程で中心的役割を果たす肝星細胞の機能をGnT-Vが抑制すること、炎症に重要なリンパ球の機能をGnT-Vが抑制することがそのメカニズムであることを明らかとしています。現在様々な糖鎖改変マウスを用い、さらなる検討を進めています。
現在NASHの診断には侵襲的な肝生検が必須です。糖鎖マーカーの測定は血液を用いて行うことができます。実際腫瘍マーカーとして有名なCA19-9やAFPなどの血液中糖鎖マーカーは古くから測定されており、診断・治療効果判定などに有用であることが知られています。我々は最近糖鎖修飾の一つであるフコシル化の標的蛋白であるMac-2 binding protein(Mac-2bp)とフコシル化ハプトグロビンがそれぞれNASHのバイオマーカーとして有用であることを発見しました。そしてこれらを組み合わせることで非常に有用性の高い血液検査によるNITを開発することに成功しました。
近年の超音波検査技術の進歩により、超音波検査で肝臓の線維化、脂肪化、炎症・壊死を評価できるようになってきました。また携帯できる超音波機器の開発によって在宅医療での超音波検査が可能となっています(2020年保険収載)。私たちは超音波検査を用いたNIT開発を目指して研究を進めています。血液バイオマーカーとの組み合わせにより、極めて精度の高いNIT開発が期待できます。
我々は糖鎖解析の手法、超音波検査を用いて2つの軸で研究を進めています。一つはヒトNAFLD検体(血液検体、肝臓検体)を用いて新規NITを開発する軸です。もう一つは様々な糖鎖改変マウスを用いてNAFLD病態への糖鎖の関与を検討していく軸です。これら2つの軸を基軸として研究を進めていき、得られた知見を大規模レベルの集団へ応用することでより確実な新規NITの開発を進めていきたいと考えています。現在NAFLDには確立した治療法が存在しませんが、NAFLD進展を抑制する糖鎖修飾の増強、NAFLD進展を促進する糖鎖修飾を抑制するような分子を見いだし、それを用いた治療法を開発していきたいと考えています。