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恩師に蒔いてもらった種から自分の花を咲かせて次の世代へ

プロフィール

某医療大学
藤原 牧子
1999年大阪大学医学部保健学科検査技術科学専攻を卒業後、大阪市立大学医学部附属病院に臨床検査技師として16年勤務。2015年大阪市立大学大学院医学研究科修士課程に進学、医科学修士修得後、博士後期課程に進学。2016年より某医療大学に勤務、現在に至る。

大阪大学を選んだ理由
大阪に憧れて

  • 地方出身で、都会に憧れていました。実家から通える大学に進学して欲しいという両親に納得してもらえる大学を探していたところ、高校の廊下に掲示されているポスターが目に留まりました。「大阪大学医学部保健学科検査技術科学専攻」大阪での楽しい生活が目に浮かぶと同時に、旧帝国大学の大阪大学なら、両親も納得して県外に出してくれるのではないかと考えました。ここだ、ここしかないという直感で選びました。不思議な衝動でした。

  • 大阪大学で身につけたこと
    先生が多角的なものの見方を教えてくれた

  • 先生との会話はよく研究の内容に繋がったように思います。自分一人では解決できない疑問について質問に行くと、先生は物事をあらゆる角度から観察されて、「なぜそうなるのか説明できないことは新たな発見に繋がるかもしれない」と言って深く掘り下げてお話されていました。

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    そして、たくさんの仲間や先輩方、先生との会話からたくさんの学びがあり、少しずつ明らかになることの喜びを学びました。知りたいと思ったら、行動すること! 今思えば生活のあらゆる場面で役に立つ心意気を身につけたと思います。

  • 印象に残る授業・実習など
    一流の研究グループの一員になれた

  • 断片的に思い出す場面はいくつかありますが、最も強烈な印象として覚えているのは卒業研究です。指導教官の松浦先生や研究員の方々には研究グループの一員のように接していただき、いつの間にか研究室がほっと安心できる場所になっていました。

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    研究テーマは理解するのが難しい内容でしたが、同じ研究室に配属になった仲間と切磋琢磨で取り組み、何とか仕上げることができました。一流の研究者の日常を経験できていたんだなぁと思います。「接着分子」という言葉を聞くと、いつも懐かしくて誇らしい気持ちになります。

  • キャンパスライフの思い出
    よく遊び、よく学んだ4年間でした

  • 生まれて初めて実家を出て、4年間の寮生活でした。初めてのホームシック、講義の空き時間でのカラオケ、飲食店や家庭教師のアルバイト、くじらやの定食、部活動、友人宅でのパジャマパーティーなどたくさんの楽しい思い出があります。

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    豊中キャンパスでの一般教養が修了し、吹田キャンパスでの講義が始まると、雨の日も風の日も171号線沿いを自転車で通いました。夜間、家庭教師のアルバイトから帰宅する時に自転車のタイヤが前輪後輪ともパンクしていて、小野原から女子寮まで自転車を押して帰ったことは忘れられない思い出です。とにかくよく遊び、よく学んだ4年間でした。

  • 大学院に進学した理由
    病院勤務の中で研究について学びたいという気持ちが生まれた

  • 大学院には進学せずに、新卒での就職を選びました。臨床検査技師として病院勤務を何年か経験するうちに、症例報告や検査機器の検討を学会で発表するようになりました。研究について学びたいと思い、社会人修士枠で受験し、仕事をしながら大学院に通いました。卒業研究から継続して大学院に進学するのも魅力的ですが、社会人になってからの大学院はどの講義も興味深く、楽しい時間でした。他職種の仲間にも出会い、共通の目標に向かって有意義な時間を過ごすことができました。

  • 今の仕事を選んだ理由
    人のために役に立つ人になりたい

  • 小さい頃から「人のために役に立つ人になりたい」と思い、医療職を希望していました。医療職の中でも臨床検査技師という職種を選択したのは大学受験の時です。それまで臨床検査技師については、病院で採血して検査する人、くらいの認識しかありませんでした。検査技術科学専攻のポスターを見て臨床検査技師について調べたところ、様々な活躍場所があり、病院では診断・治療・経過観察の全ての段階において客観的なデータを出す職人的な職業だということを知りました。検査という仕事で医療の役に立ちたいと思いました。

  • 仕事のやりがい
    性別も年齢も関係なく頼られる存在に

  • チーム医療の中で、臨床検査技師は数値としての結果を出すのが当たり前で、検査室から外に出ることが少ないことから縁の下の力持ちと言われることが多い存在です。

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    就職してからも常に新しい情報を自ら吸収し、仕事に反映させる必要がありますが、「知は力なり」というように自分の努力が成果として見えやすいと思います。与えられた分野で、確実に業務をこなし、検査結果について、なぜそうなるのかという疑問に答えられることを続けると性別も年齢も関係なく頼られる存在になります。また、診療科に関わらず多くの患者さんのデータを扱うため、その分野の専門家になれるというやりがいがあります。

  • 後輩への助言
    縁を大切に、チームの中で必要とされる存在を目指してください

  • 臨床検査技師としてとても素晴らしい仕事をなさった方が、退職の挨拶で「どんなに能力がある人でも、一人では大きな仕事をすることはできません。」と言っておられました。本当にその通りだと思います。チームの中で必要とされる存在になるような力を身につけることは勿論ですが、自分と関わる全ての方とのご縁を大切にしたいと思います。そして、いつも好奇心のアンテナを立てて、探究することを楽しむと世界が変わっていくと感じています。

  • 貴方にとって大阪大学とは
    大きな可能性の種を一人ひとりに蒔いてくれる場所

  • 卒業以来、ものすごく久しぶりに学生時代を思い出しました。
    大阪大学は大きな可能性の種を一人ひとりに蒔いてくれる場所だったのかな、と思います。

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    種、なのでどのような花を咲かせるかはその後一人ひとりの育て方によるのではないでしょうか。先生の研究者としての側面を見せてもらえたこと、研究を経験させていただいたことは財産になっています。現在、臨床検査学科の教員として医療大学で勤務しています。大阪大学で身につけたこと、臨床検査技師として勤務していた経験を教育・研究に生かしていきたいと思います。どんな花が咲くか、楽しみです。

  • その他

  • 恩師には程遠いですが、私も学生さんにいい種を蒔けたらいいなと思っています。大学時代を振り返る機会をいただき、大変感謝しています。ありがとうございました。

  • 教員からのメッセージ

    藤原先生は大学病院の臨床検査技師としてご活躍の後、現在医療大学で教鞭をとられています。本学の保健学科は医学部附属病院と連携をしているので、病院実習の経験を活かされて活躍されています。
    また、在学時には直接的に役に立たないかと思われるような卒業研究、あるいは大阪大学が持っている研究への志向は、検査技術という科学を支えるだけでなく、現場で実践するにあたっても大変重要なことと思います。
    藤原先生は小さいころに人のために役立ちたいという希望を、臨床検査技師で達成されただけでなく、在学中に十分な知識を身につけられ、後進の指導にまで当たられている先生です。大阪大学医学部保健学科はこのようなキャリア形成の支援を受けるには最適の進路であると思います。